2.芥川様
教室に入るなり、教室中がざわっとどよめいた。
「姫だ」「姫だね」「おい、姫が」「姫だぜ」……
生徒会室でむちゃくちゃな仕打ちを受けた後、ここまで注目されるのははっきり言って精神的にキツい。亮は涙目で岳人にふり返った。
「向日……もう俺これ嫌だ……」
岳人はふーっとうんざりしたようなため息を吐きながらも、そこまでダメージを受けていない様子だった。
「まあ、別にいつもとそんな変わんねえじゃん?姫って立場になったから、ちょっとヤツらの騒ぎ方がオープンになっただけでさ」
姫に任命されるということは、まあ初めは当然抵抗もしたが、全く予想がついていなかったわけではない。だから、多少の心積もりはできていた。……明らかに過剰な挨拶やスキンシップを日常的に受ける生活が数年間続いて、その予想がつかないわけもない。心構えなんて今更な話だ。
しかし、亮の方はそうではないようだった。
「?俺、今までこんなに騒がれたりしたことあんまりねえけど」
「……お前、ずっと傍に鳳ついてたからな……完全ガードだったからな……」
「は?何の話??」
本当に何も思い当たらない様子の亮を見て、岳人は今度こそ本当に心からため息を吐いた。
「いや、もういいや……。ってか、じゃあもしかしてお前ってさ、姫に選ばれるだろうなーとか、全く予想してなかった?」
「当たり前だろ?つーかなんで俺えらばれたんだ?俺、その……そんな、向日とか日吉みたいに、かっかわいくねえし……っ」
いや、だからそーゆーのがかわいいんだけどな、とボソッと呟いた途端に、なんだか物凄い語勢の横槍が入っ……あれ、これ、前にも似たようなことがなかったか?
「宍戸さんはこの世で一番かわいいんですよ!大丈夫です、自信もってください!!」
「ちょ、長太郎……」
亮をふり返ると、まんざらでもなさそうな顔つきだ。そのノロケ顔、なんとかならないだろうか。
「っつーか鳳ってめーどっから出てきやがったっ!?1年と2年じゃフロア違うだろ!!?」
「だって姫番ですもーん」
岳人が呆れて物も言えないでいると、不意に背後から声が降ってきた。
「嘘やで、それ」
「侑士っ」
いつ生徒会から帰ってきたんだよ、と突っかかろうとする岳人の頭の上にポンと手をのせて、侑士は長太郎に厳しい目を向ける。
「宍戸と日吉は、姫番が学年違うから、授業中やら校舎に居る大抵の時間は代わりに宍戸には滝が、日吉には鳳がそれぞれついてる筈やろ。お前日吉放って何こんなところで油売っとんねん。日吉に何かあったらどうするんや」
侑士が少しキツい口調で言っても、長太郎は気にする風もない。
「大丈夫ですよー、滝先輩ああ見えて結構日吉のこと気にしてるんですから」
その言葉の意味を図りかねた岳人が首を傾げる。その様子を見て長太郎が教室の方を顎でしゃくった。
「ほら見てくださいよ、滝先輩いないでしょう?」
言われて皆で辺りをきょろきょろ見回す。たしかに、萩之介の姿は見当たらない。しかしそんなことで誤魔化される生徒会長ではない。
「そんでも授業中とかはさすがにそういうわけにいかないやろ。いちいち移動されるとうるさくてかなへんから、金輪際なしにせい」
侑士に軽く一発はたかれて、長太郎はぶつくさ言いながらようやく帰っていった。
「あいつ、宍戸が絡むと性格変わるよなー……」
「いつもは素直でよう言うこと聞くんになあ……」
「いや、長太郎はいつでも素直でよく言うこと聞くだろ?」
……天然って怖い。そして腹黒って恐ろしい。たまにこの二人の関係性がよくわからなくなってくる……。
こんなことを悶々と考え込んでいると、いきなり場違いに明るい声がとんで来た。
「向日ーーッ!宍戸ーーッ!聞いたぞ、姫になったんっしょ!?まじまじすっげー!すんばらCー!!」
「わっ、すげー、ジローが起きてる!!?」
凄い勢いで廊下を駆けてくるのは、姫とは違った意味での学園のアイドル、芥川慈郎。なんでも慈郎と互い違いで卒業した兄が伝説的に美しい姫を務めていたらしく、その伝説が弟にも色濃く受け継がれてしまっているのだ。先輩も同輩も後輩も全校生徒皆、慈郎のことを「芥川様」と呼び、慈郎が廊下を通れば皆がささっと道を空け会釈をする。だから、生徒会や岳人、亮たちは、慈郎が心おきなく付き合える数少ない友人の1人だった。
「お前、なんかすげー今さらなんやけど……なに、始業式の間どこで寝とったん」
「んー?ずっと教室にいたよ?」
「……あー、また起こしてもらえなかったんだな……」
なぜか慈郎は1日の半分くらいを寝て過ごしているが、困ったことに、皆が崇めるあまり誰も起こしてくれないのだ。慈郎本人からも何やら神々しいオーラが出ているため、先生ですら彼を起こさないので、ひどい時は朝登校してきた時から夕方下校するときまでずっと眠っていることもある。……なんのために学校に来ているのだろう。
「ったく、誰か起こしてやれよな……」
「へへっ、まぁ、みんな、俺に気遣ってくれてるんだろー」
慈郎は軽く頭を掻きながらちょっと困ったように笑う。それを見て彼らも少し困ったように笑った。
「それよかさっ、姫になったんなら、Eーっぱい可愛いカッコとかして歩くんっしょ?うっわ~楽Cーだろなっ!」
「「どこがーっ!!?」」
無邪気な慈郎の笑顔の前に、新米の姫2人は撃沈する。
「ジロー……考えてもみろよ……何が悲しくて華の男子中学生が1年間も女装なんかしなきゃならないんだ……」
今までいいようにあしらわれてきた分のさまざまな不満もとい愚痴を、2人は慈郎にぶちまけ始めた。慈郎はこういう時、口を挟まないで聞いてくれるから本当に話しやすい。半分眠ったようなので、本当に聞いているのかたまに不安になるが……それなりにちゃんと聞くべきところは聞いてくれているのが、彼だ。
言いたい放題の彼らの愚痴にしばらく付き合った後、慈郎はおもむろに口を開いた。
「宍戸~向日~」
「ん、なんだよ?」
慈郎が話の腰を折ることはめったにないので、2人は驚いて彼を見やる。
「まー気に入らないのもわかるけどさっ、生徒会だって、3人なら立派にやってくれるって思ったから君らを指名したんっしょ?」
「う……まあ……」
「そーなんだろうけどさ……」
2人はバツの悪そうな顔でそっぽを向く。その様子を見て、慈郎がにかっと表情を崩した。
「姫って君らにしかできない仕事ってことじゃん!すっごいよ!すんばらCーよ!もっと自信もってEーよ!!」
「い、言われてみれば……」
「そうなの、かな……??」
すると、いきなり生徒会の2人が口を挟んできた。
「そうに決まっとるやろ」
「うん、さっきは強引に話を進めてしまって申し訳なかったけど、つまるところ芥川の言う通りだよ」
「お前らが必要なんや」
「改めて、姫、やってくれるよね――?」
ずいずい、と2人に迫られ、奇妙な圧力を感じながらも、――自分たちが必要だと言われれば、悪い気はしない。
「し、仕方ねーな……」
「そんなに言うなら、やってやるよ……ッ」
――うまく乗せられた上に、決定的な一言まで言わされてしまったお姫様たちでありました。
「ねー忍足、さっきこっそり先生に芥川を起こしてくるように頼んでたのって、もしかしなくてもこれのためだよね?」
「当たり前。お前も調子合わしてくれたからな、やりやすかったわ。おおきに」
萩之介に看破される事すらお見通しとばかりに侑士は彼を見やる。
「ふふっ、相変わらずやるねー。毎度ながら君の手腕には舌を巻くよ」
本心で言っているのか図りかねる表情で、萩之介は微笑んだ。
「なんの、あいつらその気にさせんのなんかちょろいもんやわ」
純粋すぎる彼らを懐柔するのは、実際そう難しいことではない。少し煽ってやれば、あっさり靡く。
萩之介は、ついさっきまで起きていたのに、すぐそばの机でもう眠りについている慈郎を見て言った。
「これで彼らもだいぶやる気を起こしてくれるだろうね……しかし、芥川は人をのせるのがうまいな。驚いたよ」
「あいつの場合、意識せんでやっとるからな。……場合によっちゃちょい恐ろしいで」
いつもは癒されるはずの慈郎の寝顔に、そこはかとなく恐怖を感じた生徒会の2人であった。
宍戸さんはもっと男前ですよねすみません!
がっくんはもっとガキですよねすみません!
忍足はこんなキャラじゃないよねもっとアホだよねおったりって!
そして滝さんってもっと優しいよね!!
あとなんかじろのキャラ違…!
今とキャラの解釈がだいぶ違って面白い反面これはなんて羞恥プレイ\(^o^)/
じゃあ晒すなって話ですよね。でもホラ私ドMだから←←←
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