1.姫になったよ
ジリリリリ……
ジリリリリ……
「ふぁああ……うるせーなぁ……」
耳元で鳴り響く目覚まし時計をさもうっとうしそうに止め、岳人はむくりとベッドから起き上がった。今日から中学2年生。……新しい1日というには、少々目覚めのよろしくない朝だ。
大きく伸びをして、今しがた枕元から叩き落とした時計に目をやると、時間はすでに8:30を指している。
「……ッ!!?遅刻じゃねーか!やっべ今日始業式だッ!!」
あわてて身支度を済ませ、岳人は大急ぎで校舎へと駆け出して行った。
「さて、では今年度の――」
バタン!
全力疾走していたのでブレーキがかかりきらず、講堂の扉に体当たりするように転がり込んでしまった。全校生徒の視線が集中し、さすがに恥ずかしくなって頬が熱くなる。
「なんや岳人、えらい派手な登場やな」
壇上でため息を吐きつつ言うのは、生徒会長の忍足侑士。幼稚舍から大学までエスカレータ式のこの氷帝学園に中等部から編入し、未だ2年生であるにもかかわらずその優秀さを買われて生徒会長に就任した秀才だ。
だから彼が壇上に立って話しているのは理解できるのだが、彼の横にはもう2人、見知った顔が立っていた。
「宍戸に、日吉?お前ら生徒会だったっけ?ってか日吉とか新入生じゃん」
首を傾げながら尋ねる。よくよく見れば、なんだか2人とも物凄くいたたまれない様子だ。新学期早々、何かやらかしたのだろうか。
「ええから、お前も早よ舞台に上がれ」
「は!?なんで俺がっ――」
「岳人!全校生徒みんな待たせてんねんぞ。早よせい」
それもそうかと思い、渋々ながら岳人は舞台に上がった。全校生徒の前で、いったい何を怒られるのだろう。
「さて、最後の主役はやたらと華々しい登場でしたが……これで全員揃いました。向日岳人、宍戸亮、日吉若――この3人が、今年度の姫です!今年の生徒会も、全力で姫のバックアップに徹しますので、乞うご期待下さい!!」
講堂中が、うおおーっ!という歓声に包まれる。……2人の苦虫を噛み潰したような表情の言わんとするところが、わかった。
『姫』――それは、男子校ならではの可憐な役職。
むさ苦しい男子校、右を向いても左を向いても居るのは男子ばかり、しかも氷帝学園は全寮制ときた、こんな環境に年頃の健全な男子が閉じ込められているなんて不健康なこと極まりない!と何代前だか知らないがとにかく先代の生徒会長が言い出したことから、姫制度なるものが始まったらしい。姫は毎年1・2年生の中から見目麗しく、性格も良い生徒数人が選ばれる。選ばれた生徒は1年間もしくは2年間、何かイベントなどの度にその可愛らしい容姿と可愛らしい装い――つまりは女装して、他の生徒の愛に飢えた心を慰めなくてはならない。もちろん、役職の大変さを考慮して、姫にはさまざまな特権が与えられる。
「制服費用や衣装代の負担ゼロ、一部の学費免除、食堂の食券を月30枚配給、さらにはブロマイドの肖像権としてちょっとしたこづかいも手に入るんや。他にも特典は数え切れんほどぎょうさんあるで。なんせこのガッコの予算、殆んど姫予算に費やしとるんやからな。どや、悪くない条件やろ?」
始業式の後、姫たち3人は生徒会室へと連れてこられ、侑士から姫の仕事などについての説明を受けていた。といっても先程の始業式の中で軽い説明はされていたので、主に遅刻してきた岳人のためだ。
「こんなところで下剋上はしたくなかった……!」
「日吉、いい加減そればっか言うのやめろよな。激ダサだぜ」
「だーれが、そんなはした金に釣られるっつーんだよ!?俺はぜってー女装なんてしねーかんなっ!」
沈みきった様子の亮と若を尻目に、岳人は1人で侑士に突っかかる。
「あーあ、これだから良いとこのボンボンは……」
「んなん、この部屋に居る全員そーだろっ!お前以外!」
「いや、宍戸はこれで動いたで」
部屋中の人間の目がギン!と亮に向けられる。
「や、だってさ――」
顔を赤らめながら弁解めいた言葉を口にしようとした亮に、すさまじい勢いで横槍が入る。
「宍戸さんは、ご両親になるべく負担をかけたくないというご立派な心の持ち主なんです!みなさんが想像なさってるような事態は絶対あり得ませんから!絶対!!」
「ばっ……長太郎!?お前、なんでここに!?ってか、皆の想像してる事態っていったい何だよ?」
かなりびっくりした様子の亮の手をガシと掴み、長太郎はやたらキラキラした目で喋り始める。
「宍戸さん!俺、宍戸さんの行くところへならどこだってついて行「あー、説明忘れとったわ。理性の吹っ飛びかけた獣共の手から姫たちを守るために、姫には1人ずつ姫番っちゅう護衛がつくんや。宍戸の姫番は鳳な」……そういうことです」
むくれた長太郎を放って、侑士はさっさと説明に戻る。しかし亮だけは長太郎を放っておけず、拗ねる長太郎を慰めにかかった。
「……あのバカップルはもう放っとくで。んで、日吉の姫番は滝や。生徒会の一員やし、大抵のわからんことはこいつに聞けばわかるやろ」
「えっ――」
「はは、よろしくね」
萩之介の笑顔に、日吉の体が凍り付く。というか、部屋中の空気が凍り付く。
「ひ、日吉、頑張れな……」
「そ、そんな、向日先輩、たすけて……!」
いつも勝気、というより生意気な後輩が珍しく気弱で、涙目で縋ってくるのを見るとあっちょっとかわいいなとか思ってしま……った途端に、背後から微弱な圧力を感じてあわててそちらを振り返る。
「で、俺の姫番は誰なんだよ?」
「俺や。当然やろ」
「そんなこったろうと思ったーっ」
伊達眼鏡に手をやり、さも当たり前のことのように言い放つ侑士に、岳人は軽いため息を吐く。すると侑士が、さらりとなんでもないことのように爆弾発言を口にした。
「あ、そういえば、姫と姫番は同室やからな」
「「「えぇーーっ!!?」」」
「そういうことですから、宍戸さん♪これからは24時間ずっと一緒ですねー♪♪」
亮に過剰なスキンシップを図る長太郎。
「はは、日吉、これからよろしくね」
若にブリザードの笑顔を向ける萩之介。
「四六時中岳人とおるんやな。まあ今までと大して変わらんか」
岳人をさりげなく抱き込む侑士。
……姫番が誰よりもいちばん、姫に危険な存在である気がするのは気のせいか。
「……ってか俺、まだ姫になるって了承してねえしーっ!!」
自分の腕の中でじたばたと暴れる岳人に、侑士はきょとんとして言った。
「何言っとんねん。拒否権なんかあるわけないやろ」
「え……?」
「これ学校側から決められてる事やからな。もし降りたらだいぶ成績落ちるで?お前これ以上成績落としたらさすがにやばいんとちゃうのん?」
「う、ウソだろ~っ!?」
「いや、ホンマ」
「……この学校おかしーだろ、絶対……」
こうして姫たちの新学期は、悲鳴とため息によってその幕を上げたのでした……
うっわぁ結構まえに書いたんでいろいろなんかおかしいw
微妙に忍岳風味なのは無視してください。日岳と忍岳の間をうろちょろしていた時期だったんです笑
あと似非関西弁すみませ。だって私れっきとした江戸っ子なんだもの…!
そしてチョタがあまりにもきもちわるくてすみません