布団に入って、携帯のアラームをセットする。液晶画面に表示されている日付は、四月十九日。寝て起きれば、明日の朝は俺の誕生日だ。

誕生日は、一年の中で一番幸せな日のはずだから、起きたときの気分も最高じゃなきゃ、だろぃ。

夢にでもジロー出てこねえかな、と思いながら眠りについた。

 

 

 

 

夢にも、現にも

 

 

 

 

 

 携帯のアラームより先に、目が覚めた。

 

「…マジかよ」

 

眠る直前までずっと考えていたことを夢に見る、とよく聞くけれど、身をもって体験したのは初めてだ。

 

本当に見られた。ジローの夢。

しかも、すでに誕生日まで祝われちまったし。

 

夢ん中のジローはいつも通りすげえ優しくて、俺のためにショートケーキを作ってきてくれてて。満面の笑顔で「お誕生日おめでとう、ケーキと俺がプレゼントね♪♪」とか言われて、夢の中じゃ素直な俺は笑顔でありがとうって言ってジローに抱きついてた。

うん、すげー幸せな目覚め。……誕生日おめでとう、俺。

 

携帯をチェックすると、0:00ぴったりにジローから絵文字だらけのメールが入っていた。大抵家に帰ったら即寝のあいつがよく頑張ってくれたよな、と思って嬉しくなる。他にも数件、朝になってから部活の皆からお祝いメールが入ってた。……仁王だけ深夜の2:30頃にメール入ってた、何時に寝てんだあいつ。赤也からは来てなかったけど、多分まだ起きてねえんだろうな、遅刻魔だしアイツ。

すると、車が家の前に停まったような音がして、何事かと思えば、

「ブンちゃーん!」

「は……!?」

さっき携帯に表示されてた時間は、まだ七時になったばかりだったはず。慌てて部屋の窓を開けて下を見ると、想像通りのくしゃくしゃな金髪が見えた。

「おはよー!お誕生日おめでと、ブンちゃん!」

「あぁサンキュ……ってか、なんでここにいんのお前!?今日平日だろぃ!学校は!?」

「このあと行くよ?」

「はぁ?」

「ここまであとべの車で送ってきてもらったのー、だからこの後もまた車乗せてもらって学校行くんだ」

なるほど、家の前にやたらピカピカした高級車が停まってるわけだ。

さっきのエンジンの音はこれだったらしい。俺のせいで(いや、ジローのせいだけど)近所を騒がせてしまったことも頭が痛むが、何よりこんな朝っぱらからジローに呼びつけられて車を出させられた氷帝の部長に頭が下がる。

「お前、あとで跡部に感謝しとけよ……マジで……」

いつまでもロミジュリごっこをしてるのもなんだから、ちょっと待っとけ、と呼びかけてから階下に降りていく。ダイニングで母親に「また芥川くん?」と笑われたのに苦笑いで返しながら、家の前まで出てやった。

「ごめんね、家に上がる時間はないんだけど……」

「わかってるよ。わざわざありがとな、慈郎。メールもさんきゅ。しかしなんつー跡部の使い方してんだよほんと」

「だっていちばんにブン太の誕生日祝いたかったんだもん」

こうでもしなきゃお母さんとか弟に先越されちゃうでしょ、と笑うジローに思いかけずどきんとして。こんなむちゃくちゃなことされて頬が熱くなる俺はもうとっくにどうにかなっちまってる。

「……あ、そ」

「あ、ブンちゃん照れてるー」

「ばッ……!」

「んじゃ、プレゼントとかはまた夕方に渡しに行くから!部活終わった頃にでも立海行くから楽しみにしててねー!!」

そう言いながらジローが車に乗り込みはじめたから、慌てて声をかける。そういえば、もうだいぶ時間がやばい。

「あ、じゃ、じゃーな!授業で寝んなよ!」

走り去る黒塗りの車を見送りながら、ふうと一息つく。

春の嵐のように、凄い勢いで来たかと思えばあっという間に去っていって。それでも、その嵐は俺に確実に幸せを運んできてくれた。

今日の夕方にまた来るだろう嵐を楽しみにしながら、家の中に戻った。

 

 

 

 家で両親と弟たちからおめでとうって言われて、学校でもいろんな人にお祝いの言葉とかプレゼントをもらって。毎年通りの誕生日が、今朝いちばんにジローに会ったってだけで、全部のことがいつもより嬉しさを増して感じられる。こんな気持ちにさせてくれるってだけで、もうジローからは充分プレゼントをもらってると思う。

 

 部活の後、皆が部室に菓子を持ち寄ってささやかなパーティをしてくれた。もっとも、ひたすら俺が食べまくるだけだったけど。いつも通りなんだけで、みんなからの「おめでとう」があると、それが一気に特別なモンになる気がするんだ。

もうすぐ下校時間だし、そろそろお開き、という空気になりかけたところで、扉が開いてジローが部室に入ってきた。

「こんちわ~ブンちゃん、立海のみなさんっ」

「あ、ジロー!」

視界の端にジローの姿を捉えた途端、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がる俺を見て、仁王がピヨッと呟いた。

「さーて。そんじゃお邪魔虫は退散といこうかのぅ」

「そうみたいだね。ブン太、あんまり長居はしないこと。最後は鍵閉めてから帰ってね」

「あ、うん……悪りィ……」

俺のために残ってくれてた皆がそそくさと帰り支度を始めるのを見てると、とても申し訳なく感じられてくる。すると、慈郎が俺の頭をくしゃりとして、笑顔で言った。

「ごめんね~、ブンちゃん借りちゃって」

「構わんぜよ、俺は今日一日丸井とおったしな」

「それは仁王先輩だけっスよ!同じクラスなんだから!」

「ま、俺も部活中ずっとパシられてたしな」

「ジャッカル先輩もダブルス組んでるから……!俺は?俺ー!」

変に駄々を捏ねる赤也を見てるとなんだか可笑しくて、思わず吹き出す。

「んだよ、お望みなら日を空けてから一日デートにでも付き合ってやるよ」

ついいつもの軽口のつもりでそう言うと、すかさずジローが割り込んできた。

「それは許さねぇけど、部活の間じゅう一緒に居るくらいはいいから、今日これ以降だけはブン太貸してくんない?切原」

「……わかったっス…」

「……ジロー、殺気隠せ」

だってブンちゃんがあんなこと言うからー、と軽くマジな目で絡んでくるジローにため息をつく。すると、幸村君にとんとんと肩を叩かれた。

「ブン太、ちょっと」

「……?」

幸村君に連れられて、少しだけ皆の輪から外れる。吸い込まれそうに深い青色の瞳でじっと見つめられて、少したじろいだ。

「あのね、ブン太」

「うん」

「今日ぐらい、俺たちに甘えてもいいんだよ?」

「え……?」

目の前の口から紡がれたのは、意外な言葉。あまりに予想してなかったことで、少し目を見開く。

「ブン太はいつも自由に振舞ってるように見せてるけど、俺たちとか、赤也に対してはことさら、いつだってすごく気を配ってくれてるでしょ?俺たちそれにはいつもすごく感謝してる。本当にありがとう。でも、だからこそ、今日は俺たちに気つかわないで。芥川にもめいっぱい甘えておいで。多分これが今の俺たちにできる最大の、ブン太への感謝だから」

「……幸村くん」

ありがとう、と続けようとしたけどなぜかいきなり喉がカラカラになって奥の方がへばりついて、声が出なくなる。それでも口の動きで俺の言いたいことをわかってくれた幸村君は、にっこり笑って、いいんだ、と言った。

「どうせブン太のことだから、芥川のことも振り回してるようで実はあんまり甘えられてないんじゃない?いい機会だから今日くらい素直になったらどう?」

「よ、余計なお世話だっての!」

「そうだよ~、ブンちゃんは今のままでじゅーぶん素直だよ?だから大丈夫だC~」

いきなり肩にのしかかってきた重みにビックリする。どうやらいつの間にかジローがすぐそばまで来ていたらしかった。

「なッ、おま、いつから……!?」

「さぁ?」

「さぁって、お前な……っ」

しれっとした顔で答えるこいつに激しくイラついて、首に絡みついた腕を締め上げようとすると、幸村君がくすっと吹き出した。

「たしかに、余計なお世話だったみたいだね。じゃ、芥川、ブン太をどうぞよろしくね」

すると慈郎は俺からうまくするりと解けて、嬉しそうに幸村君の正面に立った。

「そうでしょ?ありがとね、幸村」

「どういたしまして。じゃ、みんな、ほんとにそろそろ行くよ、それじゃブン太、また明日」

「あ、おう、また明日!今日はいろいろありがとな!」

またね、と幸村君が皆を引き連れて部室を後にする。扉が閉まると、さっきまでの騒がしさが嘘のように一気に静かになった。

隣にはジローがいて、かちりと視線が重なって、いま部室にジローと二人っきりでいるという事実に今さらのように顔が熱くなる。

「ようやく二人っきりだね?」

そうやって笑うジローはみんなでいる時からは想像つかないくらいすごくすごくカッコよくて、きっとこんなにカッコイイ慈郎の顔は俺しか知らないんだろう、な。

どうにも顔の熱さが引かなくて、知らず知らずに黙りこむ俺。

そんな俺の目の前に、ジローがはい、と一つの箱と、小さな袋を取り出した。あたりに漂う甘い甘いうまそうな匂い。……もしかして、

「ハッピーバースデー、ブンちゃん!!」

ジローの言葉とともに箱の蓋が開けられると、そこにあるのは真っ白な生クリームでたっぷりとコーティングされたケーキだった。匂いからして、多分これはシフォンケーキ。やば、すっごいうまそう。

「……これ、もしかして、ジローが……?」

「うん、そうだよ!ねえねえ、食べてみて!!味、どうかな……?」

箱の中に入れられてあったプラスチックのフォークで、一口だけ食べてみる。クリームの甘みが口いっぱいに広がって、その次にしっとりと柔らかいスポンジの味で甘さがちょうどよい加減になる。ほっぺたが落ちそうな、ってきっとこういう美味さのことを言うんだろう。

「ん……すっげーウマい!ありがとな、ジロー!!」

「ほんと!?良かったぁ~……喜んでもらえてなにより。それでね、あと」

ジローがさっきの小さな袋を指差した。

「もう一つ、こっちは形に残るプレゼント」

開けてみて、と勧められるままに袋を開くと、中からは真っ赤な色のリストバンドが出てきた。俺の大好きな赤色の地に、二本の黄色いラインが入ってる。……俺と、ジローの、色。

「この色探すの……苦労したろぃ」

ぽつりとそう呟くと、ジローは苦く笑って頭を掻いた。

「うん、ありそうでなかなか無いんだよね、こういうの……何軒もお店まわっちった」

ジローが俺のために台所に立って一生懸命ケーキを作ってくれたんだとか、俺のためにものぐさなコイツが何軒も店を見て回ってそこらじゅう練り歩いてくれたんだとか、っていうか今日コイツは俺のために寝ぼすけなくせに朝早くから俺のところに来てくれたんだとか、そういうことが全部全部嬉しくて、愛しくて、……ほんとに俺は幸せモンだって思った。

生まれてきて、よかった。

ジローに出会えて、よかった。

「ジロー、ありがとう……」

こういう時、言葉はあまりに無力だとまざまざと思い知らされる。ありがとう、ありがとう、何万回感謝の言葉を並べたとしても、到底伝えきれそうにない想いが、胸に溢れてる。

「……こちらこそ、生まれてきてくれて、ありがとう。大好きだよ、ブン太」

ふわりと、ジローに抱きしめられた。太陽の匂いがした。温かな腕の温度に、安心して体を預ける。

「……俺も。大好きだよ、ジロー」

 

 

 

 もう、西の空には真っ赤な夕日が沈みかけてる。

その光を背に受けながら、二人で帰り道をゆっくりと歩く。ゆっくりと、ゆっくりと、別れの時間を先延ばしにする。

「リストバンド、部活の時にでも付けててよ。それ見たら俺のこと考えてくれるっしょ?」

「部活の時どころか一日中付けてて、年中お前のこと考えててやるよ」

「リストバンド無くても俺は年中ブンちゃんのことで頭いーっぱいだから!」

「俺だってそうだよ!」

そんな馬鹿な会話をしながら、笑い合って。

幸せだなあ、と思っていたら、今朝の夢を思い出した。思えば今日は朝から幸先が良かったんだ。

「今日な、ジローの夢見たんだ」

「え、俺の?」

「そう。ジローがショートケーキ作ってきて、誕生日おめでとうって……」

「ええええええええ!!?」

いきなりジローが大声を出すから、びっくりして思わず立ち止まる。今、そんなおかしいこと言ったっけ?俺。

「なんだよ、びっくりんすんだろぃ、急に大声出すなって」

横のジローを見ると、どうやら大分ショックを受けた顔をしている。……なんでだろ。

「そんな……俺、一番にブンちゃんの誕生日祝ったんだと思ってたのに……」

「や、夢はノーカウントだろぃ……ってか、夢ん中でも結局ジローじゃん」

「そうだけど……!でも、うわー、ちょーくやCー!夢ん中の俺に先越された気分!」

「なんだよそれ……」

ジローがぎゃんぎゃん騒いでるのを呆れながら横目で見てると、なんだか笑えてきた。

 

夢の中でも実際でも、一番に俺におめでとうを言ったのはジローだし。ジローはジローに嫉妬してるし。

俺の世界、なんかジローしか居ねえや。

 

それがたまらなく嬉しくて、

それがたまらなく幸せだから。

 

この先もずっとずっと、俺の世界にはジローしかいませんように。

 

そう、目を閉じて願った。


誕生日おめでとう、ブン太!!!

 

時間が無くて、あんまり話を作り込めなかったのがちょっと心残りです

 

0:00に祝うとかキザなことやらせたかったんですけど、(せめて電話とかねえ、)夢ねたをやりたかったので今年はまあコレで

にしてはあんまり夢ねたメインの話にならなかったというね←

 

しかしそれにしてもうちのジロは跡部使いが荒...-ω-;跡部ごめん←

 

そして立海しゃべってない人いっぱいいるね、ごめん!

無理!一気に9人も動かすとか無理ー!!

 

そんなこんなでブン誕でした!本当におめでとう!!大好き!!!

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