走る速さは、アンダンテ
なんとなく。いきなり。
ジローに会いたくなって。
ジローを驚かせてやろうと思って、メールもせずに、部活の帰りに直接、氷帝に向かった。
部活中そわそわしてたね、今日は氷帝に行く予定でもあるの?ってロッカールームで幸村くんに言われたから、どうやら今日の俺はだいぶ重症らしい。
からかう仁王や赤也の声を振り切って、駅に向かって走る、走る。
でも、電車に乗ってしばらくしたところで気付いた。
メールしてないから、ジロー、もう部活終わって普通に帰っちまってるかもしんねぇ……
そう思ったら、なんか途端にすげー寂しくなって……
余計ジローに会いたくなって……
とにかく、電話だけでもしようと思って携帯を開くと、いきなり携帯が震えだした。
…ジローからの着信。
あまりのタイミングに、おっかなびっくり電話に出る。
『もしもし、ブンちゃんっ?』
「…ジロー……っ」
何よりも聞きたかった声に、ほっとした。
『なんか急にブンちゃんに会いたくなっちゃってさ……今から立海行こうと思うんだけど、ブンちゃん、もう帰っちゃってるー?』
「え、マジでっ……!!?」
すごい偶然にビックリした。
俺がジローに会いたいって思ったときに、ジローも俺に会いたいと思ってたんだ。
……なんか、すっげー嬉しい。
「俺、いま氷帝向かってるんだけど……あ、もう駅つく」
『え、え!?なんで連絡してくんなかったの?俺、駅まで迎えに行ったのに!』
「わ、悪ぃ…、ジローが驚くかな~って…思って……」
『………っ。俺いまから走って駅に迎え行くね!早く会いたくなっちゃった!』
「え、やだ!俺も早く会いたい!走る!」
『あははっ、じゃあ2人で走ろ!』
「おう!じゃああとでな!」
開いた電車のドアから飛び出して。
ジローを目指して、走る。
駅から出ると、外はびっくりするくらい強い風が吹いていた。
風に流されて、雲は歩くくらいのスピードで動いている。
そんな雲たちの中に、羊みたいな形の雲がひとつ。
あ、ジローだ、と思った。
ゆっくり動く雲に合わせるように、速度を落として走る。
雲と一緒に走る。ジローと一緒に走る。
でも早くジローに会いたくて気持ちは急いて、足は少しずつ少しずつ速まっていく。
それでも雲はついてくる。ジローは俺についてくる。
最終的に、全速力で走っても、ジローの雲は俺と同じ速さで走ってきた。
ジローと一緒に走ってるのに、俺はジローに向かって走ってる。
なんか変な感じだ。
空のジローを見ながら走ってたら、前方から耳に聞きよい声が聞こえる。
「ブンちゃん!」
「え?わっっ!!」
声が聞こえて前を向くと、目の前にジローがいて、止まりきれずにジローに飛び込む。
抱きすくめられて、心がほっこり温まる。
「会いたかったー……ブンちゃん」
「ジロー、俺も」
すげー会いたかった、と言おうとするのを遮って、キスされる。
顔がカッと熱くなって、あわてて離れる。
「ば、ばか、ここ、外……!」
「A~、誰もいないんだからEーじゃん…」
「誰か来たらどーすんだよ、バカ!」
「い、いたっ!ブンちゃんっ痛Eー!!」
めちゃくちゃジローに会いたくて、会えてすごく嬉しくて、なんかわかんねーけど心臓とかはすげえバクバク言ってんのに、
俺はいつも通り、全然素直になれなくて。
我ながら、可愛くねえな……
「ブンちゃん」
「なっなんだよっ」
「…今、ドキドキしてる?」
「う…」
あぁもう、コイツはいつも、
俺のことはなんでもお見通しなんだった。
答える代わりにもう一度、ジローに体を預けてやった。
「えへへ、やっぱりー。ブンちゃんの心臓、すごい音」
「っるせー…」
ジローの体はいつも通りあったかくて、そのことにとても安心する。心が融けていく。隙間が埋められてく。
あぁ、……ジローのことが、好き。
ジローの家は今日は遅くまで誰も帰ってこないらしいから、せっかく来たんだし、少しお邪魔することにした。
二人で歩く道すがら、辺りはだんだんオレンジ色に染まっていく。
…俺とジローを、交ぜた色に。
だから、この時間の空の色が俺は結構好きだったりするわけだ。
並んで歩きながら、ジローが俺に訊いてくる。
「そういえばブンちゃん、どうしていきなりコッチに来てくれたの??」
「え?なんか、…急に会いたくなって……」
「俺も、今日はなんだか無性にブンちゃんに会いたくなっちゃって~…へへ、なんか嬉Cーなっ」
へにゃりと笑うジロー。
俺も嬉しくなって、笑顔を返す。
やっぱ俺ら、天才的だろぃ。
運命ってやつ?
なんかが繋がってんだぜぃ。
きっとそれは、俺の髪みたいな色をした、切れるわけないような太い太い糸なんだ。
「……愛の力だろぃ」
「うん、そーだよね、…俺らの愛の力だね!」
「そ、愛の力!」
ジロー。ジロー。俺、きっと、お前との愛の力があれば、なんだってできる気がするよ。
でも、会えないと、寂しくて、寂しくて、力は半減しちゃうから。
「今日は、ずっと一緒にいよう」
あまーーーい*^ρ^
糖度300%でお送りしました
病み病みな話も結構書いてますが、葵はこういうのが大好物です、じつは。脳内いつもこんな感じです
ブンちゃんがごめんねってくらい可愛すぎるね。しかし後悔はしていない←
羊型の雲がゆっくり歩いてるのを見て、思いついたお話でした
(アンダンテ=速度記号andante。歩くような速さで)