ずっと、見てきた姿があった。

 

視界の端にちらつく、紅の花。

 

俺を見るその笑顔が好きだった。

好きなことに真剣に取り組む、その懸命さが好きだった。

 

初めは、ただそれだけだったはずなのに。

 

いつも楽しそうに跳ぶ貴方を見て、いつかあの人は太陽に近づきすぎて羽を焼かれてしまうのではないかと心配するようになったのは。

いつも誰かと一緒に笑う貴方を見て、その笑顔を俺以外に見せてほしくないと心が軋むようになったのは。

 

いつからだっただろうか。

 

 

 

 

手折れない花

 

 

 

 

それは、いつもと同じ、部活の風景だった。

 

「ひーよしっ、一緒にストレッチやろうぜ!」

「……向日さん、こちらに来るのにそんなに跳んでくる必要がどこにあるんですか?」

ぴょこぴょことこちらに近づいてくる人物を視界の端に捉え、大袈裟にため息を吐いてみせると、小柄な先輩は頬をふくらませて文句を言う。

「んだよ、好きなんだからいーだろっ!」

「なんでそんなに跳ぶのが好きなんですか?」

「んーまぁ跳ぶのが好きってーか…いやまあ好きなんだけどさ。楽しいこととか嬉しいこととかあると跳びたくなる、って感じ、ない?」

「…俺、あなたが跳んでないとこ見たことないですよ。人生よっぽど楽しいんですね」

「ハ!?それどういう意味……っ」

「はいはい、ストレッチするんでしょ。早く座ってください、背中押しますから」

こちらに食ってかかる向日さんを適当に流し、彼の背中に手をかけると、小さく愚痴る声が聞こえてきた。

 

「くそくそ、日吉なんか嫌いだーっ。んなことなら素直に侑士とやれば良かったぜ」

 

あ、れ。

心の奥が、ツキンと痛んだ。

なんでだろう、何度となく聞き慣れた言葉のはずなのに。

 

…『侑士とやれば』……だって……?

自分の中で、何かが壊れるパキンという音がした。

 

「?早くー、日吉―……日吉?どうしたんだ?」

「…え、」

「大丈夫か?」

気がつくと、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる先輩の顔が眼前にあった。

くりくりとした瞳に、額でさらりと揺れる紅い髪。

あぁ…

欲しいな、このひと。

「…すみません、なんでもありません。やりましょう」

「?おー」

俺はなんでもないふうを装って、背中を押す手に力を込めた。

 

 

 

「おい日吉」

「なんですか?」

部活の後の自主練を終え、部室のロッカールームで着替えていると、部長に声を掛けられた。

「俺は今日このあと委員会があって時間がねぇ。お前が部室の鍵閉めとけ」

後輩とはいえ人に物を頼むのに、こう高圧的な言い方をするのは何とかならないものだろうか。

「…わかりました」

不本意ながらも返事をし、部屋から出ようとすると、またも呼びとめられる。

「待てよ」

「まだ何かあるんですか?」

はっきりとうんざりとした様子で応えると、意外な言葉が返ってきた。

「お前、今日どうした」

「…どうしたって」

「はぐらかしてんじゃねえよ。俺様が気づかないとでも思ったか?今日の部活、明らかに上の空だっただろうが」

「……」

気づかれるほどに、自分は動揺していただろうか。ちらと部長を窺うと、不遜な笑みが返ってきた。

「ま、俺様以外はほとんど気づいてねーだろうけどな。そんな顔してんじゃねえよ、馬鹿が…ただ」

部長の目が、すっと細められる。

「原因は知らねえが、早く何とかしろ。部活に支障をきたすようなら、」

「…わかってます。すみませんでした」

目を逸らし、吐き捨てるように告げると、部長が小鼻で笑ったような気がした。…見てはないけど。

「フン、まあわかってるのならいい。行くぞ、樺地」

「…ウス」

部長が部屋から出て行くと、ふぅっと息を吐いた自分に気づいて驚いた。心の内を見透かされたことに、思いの外動揺していたらしい。

俺は小さく頭を振って、コートと平部員の部室のチェックに出た。

 

 

 

うちの部活はなんでこう無駄に規模が大きいのか……

コートの整備を済ませ、平の部室にたむろする部員たちをようやく帰し、くたくたになってレギュラーの部室に帰り着いた。

これで鍵を閉めて帰れば終わりだ――

そう思って帰りの支度をしようとすると、どこかで物音がした。

あれはシャワールームの方からか?

「まだ誰かいるんですか?」

シャワールームを覗き声をかけると、

「あっ日吉!お前まだいたのか?」

「え、向日さん…」

その人がいた。

「アンタ、こんなとこで何やってんですか!危うくもう鍵しめて帰ろうかと思ってたとこですよ」

「そんな言い方しなくてもいいだろ!?さっきまでトレーニングルームで自主練してたから、遅くなっちまって。あっぶねー、シャワー浴びんのもたもたしてたら閉じ込められるトコだったぜー、……ってか、あれ、跡部は?」

「…今日は委員会だそうで、俺が鍵まかされたんです」

「ふーん…」

 

身一つに、バスタオルしか纏わぬ姿で。

上気した肌とか。

首筋とか。

肩とか。

腕とか。

胸とか。

脚とか。

――やばい、もう限界。

 

昼間にしたパキンという音は、俺の中の相当大きな何かが瓦解する音だったらしい。

 

ずっと思ってたんだ。

綺麗な存在を手に入れるには、それを堕とすしかないって。

俺だけを見てくれないのなら

俺しか見えないようにすれば良い

 

「…っ向日さん」

「ん、ひよ――…………っ!!?」

小さな体を引き寄せて、性急に唇を重ねた。抵抗する向日さんの体を乱暴に壁に押し付け、むりやり舌を捻じ込ませる。

「!?痛っ………っふ、ン、は……ぁ……や…め……」

いくら抵抗しても、体格差も充分ある俺がしっかり押さえこんでいれば逃れられるはずもなく。息ができずに苦しいのか涙目で俺を見、懸命にやめてと訴えてくる。

 

…その様、より嗜虐心を刺激するって、わからないのだろうか、この人は。

 

動けないとはいえ、ばたばたと激しい抵抗を見せる腕が煩わしい。

「…ぷは……おい、やめろ、よ、…はぁ……なん、で、こんなことす……っ」

俺は唇を外して、素早く向日さんの体からバスタオルをはぎ取り、それで彼の手首を頭上で縛り上げた。これでもう動かせないだろう。

「おい…何すんだよ…お前…何、してんだよ……何か…言えよッ……!…えっく…うぅ……なんで、……こんなことすんだよぉ…いてー、よ………」

いつの間にか、向日さんは大きな瞳からぼろぼろと涙を溢して泣いていた。…あぁ、泣いてる顔も、この人はこんなにも綺麗だ。

悲痛な叫びには、耳を貸さないことにする。だってそうしたら、何かが壊れてしまうような気がしたから。

…あれ、?俺の中に、これ以上壊れる何かがまだあったっけ。

そう思い直して、俺は表情を歪めた。大切な人にここまでして、いまさら何があるわけもない。

 

さっきバスタオルをはぎ取ったから、もう、向日さんの体を覆うものは何もなくて。

電気の明かりを受けた向日さんの体は、とても綺麗で、――壮絶にいやらしかった。部活の着替えやらで何度も見慣れた身体なのに、そう見えるのは何故なのか。

 

華奢な体つき。

きめ細やかな肌。

細い腰。

浮き出た鎖骨。

白いうなじ。

真っ赤な髪。

――まっすぐな目。

 

綺麗だ。凄く

壊したくなるんだ。綺麗だから

凄く綺麗。めちゃくちゃにしたくなる程に

 

「…ひ、よし……?」

「…ッ」

 

…壊れない。この人の綺麗さは、……壊れない。

この高貴な綺麗さは、何をしたって壊れない。

というより、壊せるわけない。

だってスキダカラ。スキだから。好きだから。好きだから。

 

あなたのことが、大好きだ。

 

 

 

「…っあ……ご、めんなさい…すみませっ………っう、あ、あぁああ……!」

気づくと俺は、向日さんの前にしゃがみ込んで、大声で泣いていた。

「日吉」

向日さんに名前を呼ばれて、俺はみっともないほどびくりと肩を竦ませた。

嫌われたどころの話じゃない。果してどんな罵詈雑言をぶつけられる?

「手首のコレ、外してくんね?」

続いた言葉は予想に反して淡々としたものだった。

「え?あ、はい、すみません………っ」

理性の半分吹っ飛んだあの状況で、俺は大分きつくタオルを縛っていたらしい。向日さんの手首には赤々と鬱血した跡が残っていた。

「本当…すみません……」

謝っても許されることじゃないけど。だからといって他に何ができるわけでもなかった。

「日吉」

腰にバスタオルを巻き直しつつ、先輩が俺の名前を呼ぶ。

「…はい」

 

「俺、お前が好きだぜ」

 

「………は?」

な、に言ってんだ、この人。

「だーかーらー、お前のことが好きだっつってんの。…あー、くそくそっ、何度も言わせんなよ!恥ずかしいなっ」

あんなことされて?強姦まがいのことをした相手に、なにを言ってるんだこの人は。

俺のことが……好きって。一体どういう。

しかもこの様子じゃ、

「あ、後輩として、とかって意味じゃねーぞ。ちゃんと、その、れ、恋愛感情として、だぜ!?」

…やっぱり。

え、なんで、どうして。

混乱する俺に、向日さんはニッと笑って、俺の頭に手を載せた。まるで小さい子によしよしとするように、そのまま俺の頭を撫でる。

「お前な、順番が逆なの。オツキアイするには、初めに相手に好きって伝えなきゃダメなの。お前、何にそんな焦ってたワケ」

「…向日さん、俺」

「……あんなことしなくても、俺はとっくに、お前のモンだったの」

「じゃあ、…許して…くれるんですか……?」

絞り出すようにそう言うと、先輩はくしゃっと笑って俺に言った。

「ばっか、許す許さないの問題じゃねーんだよ!」

「…ありがとう、ございます。……本当にすみませんでした」

「謝んなよな…あんま謝られると、こっちが困るぜ」

「え、あ、ごめんなさ」

「また謝ってるぞ、お前。もう謝んの禁止!…で、俺、まだ返事聞かしてもらってねーんだけど」

「…え?」

俺が間の抜けた顔で返すと、先輩は顔を赤くしてぷいとそっぽを向く。

「…告白の返事。俺、ちゃんとしたんだからな」

「は、あ…その」

あそこまでしておいてと思うけれど、今さらながら、恥ずかしさがこみ上げてくる。顔を真っ赤にして固まった俺にしびれを切らして、向日さんは自分の髪をぐしゃぐしゃとしながら怒鳴った

「あーーっ、もう、ホント、どこまでも世話が焼ける後輩だぜ!もっかい俺から言ってやるよ!

 俺、お前のことが好き。すげー好き。侑士よりも誰よりもいちばん大好き。お前といるとなんでも楽しくて仕方ねえんだよ。大好きだぜ、日吉」

 

これはまた…とんでもなく熱烈な告白を頂いたものだ。俺は、これ以上ないほどに赤くなった顔を見られないように、向日さんを抱き寄せて言った。

「俺も大好きです、向日さん」

「…よくできました」

腕の中で、向日さんが微笑むのがわかった。

 

 

 

 

 

 

手折れない花

(俺が恋したのは、ちょっとやそっとじゃ折れることのない、一輪の可憐な花だった)


わーーーっ!!

いろいろごめんなさいー!

 

日吉が変態でごめんなさい。そしてヘタレすぎてごめんなさい。日吉もっと男前だよねorz

比べてがっくんの男前っぷりは何なんだ\(^o^)/

 

とりあえず、がっくん……服…着ようか……;;

 

てか、最後の甘々っぷりは何なんだ笑

 

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